百年珈琲に寄せて

 

当店の看板メニューの一つである「百年珈琲」

 

なぜ百年なのかと聞かれる事がしばしばあります。

 

その意味するところは、一言では説明しがたいのですが、し難いだけに、口頭でうまく説明できていないのが現状です。非常にもどかしいところです。

 

いっそのこと千年珈琲としてもよかったのですが、さすがにそれは遠慮しました。

 

で、なぜ百年なのかですが、

 

実は〜百年喫茶〜という当店のサブタイトルと密接不可分な関係にあります。

ここでの百年とは、喫茶葦島を百年続けるんだ、という意味ではなく、悠久の時の中をしっかりとした足取りで歩んでいきたいという想いを便宜的に置き換えたものに過ぎません。

 

すなわち百年=永続という意味です。

 

唐突で恐縮ですが、企業の寿命はいったいどれくらいなのでしょうか?

 

30年というのが一般的な見解と思われますが、世の中には100年、200年、それ以上存続している企業があります。

 

それらの永続企業に共通しているものは何か?

 

なぜ、それらの永続企業が、時代に受け入れられ、発展し、幾度と破綻の危機を経験しながらも乗り越え、いまだに存在し続けられるのか?

 

そんな疑問について私なりの仮説といいますか、想いがあります。

その想いについて、当店なりの表現の一つがこの「百年珈琲」に込められています。

 

そしてこの珈琲はオリジナルブレンドですが、当店なりに考える「王道の珈琲」を目指してブレンドを試みました。

 

王道の珈琲とはちょっと大仰ですが、今後百年愛飲され続けるであろう味、ベーシックでありながら、常に新鮮な印象を与える味、抽象的ではあるものの、しっかりとしたボディ感を感じられ、かつどこか郷愁感を漂わせる香りを表現しようと試みました。

 

この百年珈琲を毎週飲みにいらっしゃる常連のお客様にはその想いが少しでも伝わればと、祈るような気持ちで淹れています。

 

いまだ、なぜ百年なのか?という問いに明確に答えられないもどかしさがありますが、その答えは百年後に見つかるのかもしれません。

 

店主