年頭ご挨拶

 

明けましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

今年は喫茶葦島、葦島珈琲ともに、初心に戻ります。

喫茶におきましては、お客様に心からおくつろぎ頂ける店をさらに目指して、上質なサービス、しつらいを用意することを心がけてまいります。

珈琲につきましては、品質主義という理念を大切にして、今まで以上に味・香りにこだわった生豆を仕入れ、丁寧に焙煎し、ドリップの技術向上に努めてまいります。

具体的にはスペシャルティグレード、プレミアムグレードの生豆にこだわって、本当に価値のある味の良い珈琲豆を厳選してまいります。そのための体制も昨年から整えてきました。

珈琲はたしかに嗜好品にすぎませんが、生活を豊かにしてくれる必要性の高い飲み物だと信じています。そして、私自身が美味しいと思うものを提供するのはもちろんですが、あくまで多くの方に喜んで頂けるものを提供することを心がけていかなければならないと常々考えています。

そのためにも一日一日を大切に丁寧に歩んで参りたいと思います。

どうぞ今年もよろしくお願い申し上げます。

平成26年正月

店主拝

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お礼

この喫茶葦島を始めたのが平成22年の5月葵祭の日。あれから3年が過ぎまして、これから4回目の夏を迎えようとしています。

この3年余りを思い出しますと、本当に色々なことがあり、けっして順風満帆というわけではありませんでした。

それでも、こうやって続けてこられたこと、その理由は一つではありませんが、何よりもご来店くださるお客様、とりわけいつもご贔屓にして頂いている方々のお陰でございます。

そして、全ての関係者、スタッフの皆さんのご協力のお陰です。

本当にありがとうございます。

もっとも、粛々と日々の営業を続け、永続していくことが目的である以上、特別何周年というような催しは考えておりません。どうかご理解頂きたく思います。

思い出しますと、一から独学で始めたこの店ですが、当初は多くの方から「続くはずがない」と言われました。

客観的にはもっともなご指摘だとも思いましたが、それでもくじけないで、黙々と日々の営業を続けてきたことを思い出します。正直申しまして、辛い時期が長く続きました。

しかし、私の心中では「前例がない、モデルがないからこそ始める意味がある。事業において何よりも大切なのは、理念であり、それを具現化する日々の営みだと思う。そして創業者は、果敢に挑戦していくところにこそ、その存在価値があるのではないか。」という、ほとんど妄信に近い自己肯定ぶりでした。

ただし、そのような自己肯定を目的化しないようにも注意してきたつもりです。あくまで経営とのバランスを考えながら、頂くご指摘やアドバイスの中で、もっともだと思うことは柔軟に取り入れて、随時改めてきたのも事実です。

そうやって、1年が過ぎ、2年が過ぎていき、ようやく多くの方に訪れていただけるようになってきました。

我慢の道程は、諦めた時点で消滅しますが、過ぎ去れば振り返る事ができるところに意味があるのかもしれません。

また、経営を支えるもの、それは様々な要素があるものの、理念以上のものはないのではないかと、今はそう思います。

そもそもこの喫茶葦島を創った趣旨については、すでに拙ブログ「喫茶葦島の理由」にて記した通りです。開業以来、その趣旨についてはいささかの迷いもなく月日を重ねて参りました。

そして今後は、お客様にもっともっと珈琲本来のピュアな味を堪能していただけるように、自然素材で構成された当店のインテリアで心身ともにお寛ぎ頂けるように、あらゆるサービスを高めていきたいと思います。

けっして規模を拡大するのではなく、よりサービスの品質を高めていくことに注力していくつもりでございます。何卒よろしくお願い申し上げます。

店主

日本らしき珈琲を

 

先日のこと、海外旅行から帰ってきたスタッフに土産話を聞かせてもらったのですが、改めて日本の素晴らしさを実感したという感想を熱心に話してくれまして、いろいろと思うところがあり、この記事を書きます。

 

それはホテルなどを含む公衆トイレの便利さ・清潔さをなど例にあげて、いかに日本の環境が整っているか、普段我々が当たり前に享受していることが、実は海外ではほとんど見られないといったような内容でした。

 

話はそれだけで終わらなくて、例えばトルコでは小学校くらいの教科書に、過去に日本人から受けた恩を題材にした教訓話があるそうで、そこでは日本人というのは、自分たちがたとえ酷い仕打ちを他国から受けても、いざ他国の人間が困ったときは、身を挺して助けてくれる、そういう気高い国民性だ、というような、こちらが面映くなるようなお話があったりするそうです。

 

事実、トルコは親日で有名ですし、その話を知って日本語の勉強をはじめる方も多いそうです。

 

また、いつもいろいろなお話を聞かせて下さる私にとっては師範のような方から、先日の毎日新聞に次のような記事が掲載されていたことを教えて頂きました。

 

【10 things to learn from Japan】

①The Calm(平静)
悲痛に胸を打つ姿や、悲嘆に取り乱す姿など、見当たらない。
悲しみそのものが気高い。
②The Dignity(威厳)
水や食料を得るためにあるのは、秩序正しい行列のみ。
乱暴な言葉や、無作法な動作など、ひとつとてない。
③The Ability(能力)
例えば、驚くべき建築家たち。ビルは揺れたが、崩れなかった。
④The Grace(品格)
人々は、皆が何かを買えるようにと、自分に必要な物だけを
買った。

⑤The Order(秩序)
店舗では、略奪が起らない。路上では、追い越し車も
警笛を鳴らす車もない。思慮分別のみがある。

 

⑥The Sacrifice(犠牲)

50人の作業員が、原子炉に海水をかけるためにとどまった。
彼らに報いることなどできようか?

 

⑦The Tenderness(優しさ)
レストランは、値を下げる。無警備のATMは、そのまま。
強者は弱者を介助する。

 

⑧The Training(訓練)
老人も子供も、全ての人が、何をすべきかを知っていた。
そして、すべきことをした。

 

⑨The Media(報道)
崇高な節度を保つ速報。愚かな記者やキャスターなどいない。
平静なルポのみがある。

 

⑩The Conscience(良心)

停電になった時、レジに並んでいた人々は、品物を棚に戻して静かに店を出た。

 

真のインスピレーションを感じる。日いずる国で起っていることに。

(2月10日付 毎日新聞 時代の風より西水美恵子元世界銀行副総裁著)

*以上は「こぐまびより」さんのブログより引用させて頂きました。

 

こうして他の国からの評価を受けて、自国の良さを知ることは確かに嬉しく思いますし、ありがたいことだと思います。

 

そして思うのですが、上記のような価値観を良いものだと世界から評価を受けていることから、我々が普段美徳としていることは、世界においても美徳、つまり普遍性のあるものだとは言えないでしょうか。

 

もちろん、全ての国から良い印象をもたれているわけではないこと、それは事実です。いまだに近隣諸国と困難な外交問題を抱えていることを鑑みれば、手放しで喜んでいいものではないと思います。

 

ただ、ここからは私の個人的な意見なのですが、日本において歴史上一貫しているといいますか、通底している普遍的な概念というものがあると思います。

 

それを私は、現段階においてうまく一言で表現できないというもどかしい状態であることを吐露するものです。

 

ただ、その概念が「日本(人)の良さ」を表すものであり、それは世界においても良いものとして受け入れられていくものではないかという確信めいたものはあります。

 

それを一個人として、日々の仕事、すなわち私にとっては「珈琲」の世界で表現できればいいな、なんて、大それたことではけっしてなく、地道にコツコツやっていければと、そんなことを思っています。

 

店主

紡いでゆく

 

桜守という職業をご存知でしょうか。

 

桜守「佐野藤右衛門」が天保3年より代々連綿とその尊い生業を紡いでこられていること、私の職業観に少なからず影響を与えました。

 

佐野家におかれては、隔世で「藤右衛門」を継いでいかれます。

 

つまりその名を継ぐのは子ではなく孫になります。

 

世代交代がじっくりと、確実に行われてゆきます。

 

生業というものは本質的にそうであるべきかもしれないと思いました。

 

すなわち、今の自分の仕事が、世代が変わっても連綿と続いていくようにしなければいけないのでは、と思いました。

 

それは、自分だけの想いでは到底難しいことで、あくまで「続くべきもの」として周りから認められなければいけないなと考えています。

 

桜守を知って、この先遺るもの、遺すべきものの意味を考えるようになりました。

 

そしてそれなりのものを遺すには、それなりの時間と道程が必要であると、気持ちをあらたにしております。

 

時間だけでなく、歴史を紡いでいけるような珈琲。

 

どうしたら遺していけるのか、考えています。

 

店主

写真撮影につきまして

 

昨年より当店エレベータ内に以下の「お願い」を貼らせて頂いております。

 

「【お願い】店内にてお写真を撮影される場合はスタッフへお声掛け下さい。他のお客様が写るなど、他のお客様に対して迷惑のかかる場合がございますので、何卒ご配慮のほどお願い申し上げます。店主」

 

なお、当店はけっして撮影禁止の店ではございません。

商品、インテリア、オブジェ等についてはむしろ積極的に撮影して頂きたいほどですが、このお願いの主旨は、撮影の際は他のお客様が被写体として写らないように、ご配慮頂きたいということでございます。

 

お客様の中には、断りもなくカメラを向けられると、気分が良いものではないと感じられる方もいらっしゃいます。

とりわけ静かに寛いでおられる方々の中には、違和感を感じられる方もいらっしゃいます。

 

そのように、他のお客様が気分を害される事がないよう、どうかご配慮頂きたいとお願いしている次第でございます。

 

また、インテリア、オブジェ等の撮影を希望されるお客様には、土日11:00〜14:00の時間帯が比較的空いておりますので、この時間帯でのご来店をおすすめ致します。家具のメーカーやデザイナー等についてのお問い合わせございましたら、詳細に説明させて頂くことも可能です。

 

店主

 

年頭

新年明けましておめでとうございます。

今年もお客様にお寛ぎ頂ける店を目指して精進致します。

何卒よろしくお願い申し上げます。

一人一人のお客様にお寛ぎ頂けるためのサービス・空間をいかに提供できるかを開業以来のテーマとして取り組んで参りましたが、今年は更に改善を実施していこうと思います。

具体的には、スタッフの教育体制を整えること、インテリアのレイアウトを改善することを重点的に行います。

その他にも、焙煎・ドリップ等の技術向上にも今までと変わらず日々取り組んで参ります。

今年も、都会の喧噪を忘れさせる静謐な空間で、自家焙煎の珈琲、厳選したドリンク、スイーツを傍らに、ゆったりとお寛ぎ頂ければ幸いです。

店主

喫茶葦島の理由

〜『日本の良い珈琲を京都から』〜

なぜ「喫茶葦島」をここ京都に創ったのか、その理由を具体的に書きます。

まず、京都を選んだのは私にとってゆかりのあるかけがえのない土地であるからで、これはもう必然の理と言えるでしょう。

店名の由来は古代の日本を表す美称から連想し命名しました。すなわち葦島=日本という意味です。

ではなぜ、わざわざ「日本」を言い換えた屋号を決めたかについてです。

その理由は特定の主義、思想や信条、宗教等とは無関係です。いわゆる愛国心からきたものでもありません。もちろん一人の日本人として愛国心はそれなりに持ってはいますが、公に主張するほど強いものではありません。

私のこの想いを端的に表現するとして、比較的近しいものとしては「クール・ジャパン」という言葉が挙げられるかと思います。

つまり、 日本並びに日本人の本来持っている「良さ」を見直し、具現化し、表現していきたいということであります。

かと言って、日本が他国に比べて優っているというような、いわゆる日本優位論のようなものではありません。自国の文化を相対的な価値判断の中に置くようなものとは考えていないからです。

もっと単純な話でして、例えば、長い歴史があって、四季があって、美しい国土、山野、風景があって、遺されている建築、美術品、工芸品は美しくて、食べ物は美味で、環境は清潔で、人々は勤勉で、穏健で、などなど、その良さを挙げだしたらキリがない。そんなふるさと日本が愛おしくてしょうがない、という人は私だけではないはず。

もちろん良くないところも沢山ありますが。まあそれはさておきです。

たとえば、こういう感性ってどう思われるでしょうか?

シドニー五輪の時、柔道100キロ超級での誤審事件があったことは記憶に新しいと思います。あの時の当事者である篠原選手の「自分が弱いから負けた」とそれ以上言明せず引き下がった態度については潔いと思った人が大多数だったと思います。

しかし、逆に「抗議すべきだ、言いたいことは言わなければ損だ。」という考えもあると思います。

でも多くの日本人は「篠原は男だ」と感じたでしょうし、私自身もそう思いました。

そういう感性は日本人的であると思うし、私は誇るとまでは言いませんが、日本の良さの1つだと思います。

このエピソードだけに限らない、この国にはたくさんの良いところがあり、それを知るたびに、「ああ、こんなに良いところの多い自分の国をもっと知らねばいけないし、日々の生活においても意識していかなければいけないな」と思いました。

つまり、先に挙げた我が国の良さを日々の仕事において体現したい、そして遺して行きたい。できれば日本以外の国々にも知ってもらいたい。そういう単純な気持ちです。

その気持ちを「珈琲」及び「デザイン」という私自身の好きなもので表現したいと考えました。

珈琲を原料から仕入れ、焙煎し、自らドリップして提供する。その一貫した流れを出来る限り丁寧に、オープンな状況で、責任をもってやり通す。

表からは見えないところでも丁寧に仕事をする。

当たり前のことを当たり前にきちんとする。

全ての仕事に心を込める。

そうやって一所懸命につくった珈琲が、果たしてお客様に美味しいと感じて頂けているのか?

また、心地よいデザインとは何か?心地よいインテリアとはどういうものか?くつろぎの空間とは?

考えだしたらきりがありませんし、答えはいまだ見つかりません。

未完成のまま、日々が過ぎていきます。

ただ、そんな日々を支えてくれるのが、喫茶葦島が喫茶葦島である理由なんだと思います。

店主